英語の勉強メモ

英文中で出会った表現のメモや、英語に関わる文献のメモです。

【go / come +V】構文について

 McCawley, J. D. (1998). The syntactic phenomena of English. University of Chicago Press.のChapter 9 Less Central Instances of Coordinationというところにas well asなどの話があることについては前書いたが、そこであまり考えたことがなかった面白い話が載っていた。

 

(1)Which secret did she go and reveal to them?

 

go and do構文では等位接続をしているはずなのに、revealの目的語だけが先行詞になっている(疑問詞化されている)構造で、文法的に若干不思議な形をしている。奥野 (1989)『変形文法による英語の分析』開拓社.では疑問詞の抜き出しが許されない環境の一つに「等位構造制約(Coordinate Structure Constraint, CSC)」というのが挙げられている。

 

(2)*What sofa will he put the chair between some table and?

 

このように接続される要素のうち一部のみを抜き出してはいけないというルールで、まあ僕のような一般人からすれば当たり前すぎるルールだなと昔からずっと思っている。

 

(3)Which film did the critics hate and the audience love? (『チョムスキー理論辞典』より)

 

先の例と違い、(3)では結ばれる二つの項の両方から抜出されるので問題ない、ということになる。これもごく当然に思えるけれど。こういうのを全域的規則適用というらしい。

 

さて、この制約を立てたのはRossらしいが、そのRoss自身が自ら立てた制約に対して、次のような例を指摘しているらしい(以下では便宜上疑問詞がもともといた位置にφを置いている)。

 

(4)Which dress has she gone and ruined φ now?

(5)Which grammy does Aunt Hattie want me to be nice and kiss φ?

 

こうした例におけるandは(1)~(3)の普通のandと幾分違う点が指摘されており、後の話に関わる点として一点挙げておくと、時制に関する問題がある。

 

(6)*The excellent whisky which I went to the store and have bought was very costly.

 

要するにgo and Vの構文ではgoとVの時制が異なるものではいけない。

 

(7)Here's the whisky which I went to the store to buy.

(8)*I went to the mocies to have bought some whisky.

 

 これらの例を根拠に、Rossは(4)、(5)におけるandと(7)におけるto doが同じようなものだと分析できるのではないかと考えていたらしい。頭のいい人は考えることがすごいですね~~

 

さて、この【go / come and V】構文と関連していると思われる構文について何点かメモをしておきたい。久米祐介 (2013)「二重動詞構文の構文化」(秋元・前田(編)『文法化と構文化』)による。

 

(9)I go visit the dentist everyday.

(10)I go and visit the dentist everyday.

(11)I go to visit the dentist everyday.

 

便宜上以下ではそれぞれを【go V構文】【go and V構文】【go to V構文】ということにしておく。

 

解釈上次のような違いがみられるらしい。

(12)*They go buy vegetables every day, but there never are any vegetables.

(13)*They go and buy vegetables every day, but there never are any vegetables.

(14)They go to buy vegetables every day, but there never are any vegetables.

 

【go V構文】及び【go and V構文】ではVの事象が達成されたという含意を持つ。よってそれがキャンセルされるとこのように容認されない文になるらしい。

 

歴史的には、古英語期にはgoやcomeの後ろにto doもdoもどちらも後続する例があったそう。どうやら、中英語期にはもともと原形不定詞が担っていた意味合いをingが担うようになり、よって、【go 原形不定詞】は【go ing】にとって代わられ、【go to do】は古英語期から現在に至るまで一つの構文として確立しているという。

 

【go and V構文】は古英語後期に現れたらしい。中英語期に使用が拡大したらしいが、それは原形不定詞が持っていた「二つの事象の同時性」という意味合いが、原形不定詞が衰退する中でandを用いたこちらの構文に継承されたからではないか、と書いてある。そうなのか。。。

 

さて、【V(go) and V構文】におけるandには二つのタイプがあり、同じ屈折系の動詞を等位接続するreal-andと従位接続として先行する動詞の目的や意図を表すfake-andに下位分類されるという。

 

(15)*Bill is the man that John tried, and caught in the last 200m.(real-and)

(16)Bill is the man that John will try and catch. (fake-and)

 

こうした二つのandのうち、後者にのみ動詞は裸系のみが許されるという条件が付く。が、そうなると、Rossが挙げたらしい(4)はダメなのでは。。。

 

まあそれはさておき、本論文によれば、問題としている【go and V構文】はreal-andの構文からfake-andの構文へと派生したと考えている。そして、【 go V構文】はこの【go and V構文】からfake-andを削除することにより派生したと考える。

 

三つの構文のうち、【go V構文】、つまり動詞が二連続する構文でつける動詞はわずかcome / go / runなどで、他の二タイプよりも使える動詞が少ない。例えば(16)にあるようにtryはfake-andの構文で使えるが、【try V構文】というのは周知のとおりない。

 

詳細は割愛するが、三つの構文で使える動詞が少ないという点からも分かるように、【go V構文】ではgoの文法化が進んでいる。しかしその一方で依然として語彙的な側面も持ち合わせていて、その一つに疑問文の形がある。普通の動詞と同じようにdoを用いて疑問文(や否定文)を作る。

 

(17)Does he go swim every Sunday?

 

さて、【go V構文】や元となる(と考えられる)【go and V構文】では屈折制限が見られ、裸形が要求される。

 

(18)*John {goes visit / goes visits / go visits} haryy every afternoon.

 

裸形が出てくる典型的なケースとしては次のような命令文や助動詞の後である。

 

(19)When you have to do something your dog does not like, simply go and get it from wherever it is.(青学)

 

(20)They want to go and buy everything they need at a megastore and take the kids to a movie and out for a fast food meal. (関西学院大

 

また、【go V構文】では主語に有生の動作主を持ってこなくてはいけないという制限がある。

 

(21)*Pieces of driftwood come wash up on the shore.

(22)Pieces of driftwood come and wash up on the shore.

 

岡田禎之 (2002)『現代英語の等位構造』大阪大学出版会.の第三章でもこの構文が扱われている。

 

まず初めに、個人的にはどうでもいい内容だけれど、それでもなお、そんなところに注目するのかという意味では興味深い点を一点。

 

(23)What John wanted to do is come live with us.

(24)*What John wanted to come is live with us.

 

下の例とか逆によく作ろうと思ったなという凡人の感想。

 

さて、本書では【go and V構文】と【go V構文】の分析に、類像性という観点、特に概念的距離という観点を用いている。ざっくりと言えば、機能的概念的に密接なつながりがあれば、表現形式上も密接な形で表される、という考え方のことだ。個人的には、雑で語弊のある言い方だが、ロマンがあってこの発想は非常にお気に入り。

 

(25)Come eat with us. / Come and eat with us.

(26)*Come sit go to the door. / Come sit and go to the door.

 

非常にざっくりというと、【go V構文】は動詞が連結している分だけそれぞれの動詞によって表される内容がより一つのまとまりをもっていると考えられる、ということで、そうすると(26)では明らかに一つのまとまりある行為とはみなされないので【go V構文】は許されない、ということになる。なお、(26)は動詞が二つではなく三つであることが問題に思えるかもしれないが、筆者によればそういう例は存在するらしい。

 

(27)Come sit have a drink here.

 

本当かよ・・・

 

また、【go V構文】では後続するVには意図性を含む動詞に限られる、という特徴もみられる。

 

(28)He wanted to come and be operated on. / He wanted to come be operated on.

(29)At that time, he was not sure to come and be operated on.   / *At that time, he was not sure to come be operated on.

 

筆者によれば、goをはじめとする【go V構文】で用いることができる動詞は意図性のある動作動詞であり、形式上二つの動詞がくっついているので概念的にもまとまりを作りやすいとすれば、当然後続するVにも意図性のあるものを要求する、ということになる。そうすると(28)と(29)の対比が理解できる。

 

本書でも屈折についての話があり、【go V構文】は裸の形のみを要求し、【go and V構文】はそうではない。が、もう一つの論文ではandの場合も裸形が要求されるとあったが、、、要するにここで言っている「andの場合は特に問題ない」、というのは、real-andのケースに限定して言っている、と理解すればいいのか。。。

 

(30)*John came live with us.

(31)*John has come live with us.

 

ここで面白いのは、(31)では見た目は裸の形だが、これは過去分詞形なので条件を満たしていないという扱いになる点だ。二つの構文のこうした違いも同じようにまとま営を形成している分だけ一つ感がある、というのから説明するのだろう。

 

非常に興味深いことに、次の例は容認する母語話者がいるらしい。

 

(32)%He has come put his cards on the table.

 

ここでのポイントはcomeもputも過去分詞がともに原形と同じ、ということだ。

 

なお、この論文では【nice and adj構文】についても扱われていて面白い。この構文は、例えば次のような例を指す。

 

(33)I met him on a nice and warm day.

 

 

こんなものを書いてないで仕事をしなくてはいけない・・・・・・・・・・・・・・・